研修旅行2008年

 例年になく暑い夏に、今年も名古屋支部恒例の刀剣研修旅行を7月19日(土)から一泊二日で実施しました。
今年は「信州研修旅行」と銘打って、長野市の善光寺、上田市の上田城跡、そして東御(とおみ)市在住の刀匠宮入法廣師のご好意により、清麿のお墓参り、山浦真雄居宅跡、そして師の鍛刀場を見学させていただきました。
 さらには宮入法廣師のご友人大輪安實氏とお仲間の方々のご好意により、ご所有の古刀や新刀、信州ゆかりの新々刀や宮入法廣師の作品を鑑賞させて頂きました。「梅雨時でも雨が降ったことがない」というこの研修旅行ですが、今年は例年より遅い時期に実施したもののまだ梅雨明けきらぬ時期で、やはり例年のジンクスどおり今年もほとんど雨に遭わない旅行でした。
 連日気温30度以上の真夏日の続く名古屋駅を16名を乗せたマイクロバスが8時半に出発しました。途中の中津川で2名、上田城跡で1名を乗せ、総勢19名のグループとなりました。1日目は名古屋から長野まで途中昼食を取りながら一気に走り抜け、そこから善光寺を参拝して上田城跡を見学した後、夕方には「信州の鎌倉」と言われている今夜の宿泊先の別所温泉まで行きました。


善光寺参道
 善光寺は改めてご紹介するまでもない皆さんご存知の有名なお寺であります。 
ここの山門は国の重要文化財に指定されていますが、平成14年から昨年12月まで初めての大改修となる「平成の大改修」を行っていました。 
 旅行当日は改修完了記念として、40年ぶりに二階への登楼参拝が再開されていました。


信州 上田城跡
 次に向かったのは上田城跡です。この城は天正11年(1583年)に甲斐武田氏の旧臣である真田昌幸により築城され、二度にわたる徳川軍の攻撃を撃退した堅城です。真田家が40年間、仙石家が85年間、松平家が166年間城主となり、明治を迎えました。慶長5年(1600年)に徳川家康率いる上杉討伐軍から離脱した真田昌幸が石田三成の西軍に与し、およそ2千の兵力で上田城に篭城しました。
 そこで中仙道を上ってきた徳川秀忠率いる東軍およそ3万8千を敵に回して城を守りきり、そのおかげで秀忠軍が関ヶ原の戦いに間に合わないという大失態を演じてしまったのはあまりにも有名なエピソードです。
 上田城跡を後にした我々は、秀忠軍のようにスケジュールに遅れることもなく、予定通り今夜の宿である別所温泉「南條」に到着しました。この別所温泉地域は戦後「信州の鎌倉」と人々が呼ぶようになりましたが、その理由はこの地区が全国でも数少ない文化財の宝庫であることで、その大部分の古い建物は鎌倉から室町時代にかけて作られたからだそうです。中世の文化財がこれほどかたまって残されているところは全国でも珍しく、よって「信州の鎌倉」と呼ぶようになりました。宿についた我々も早速懇親会までの時間を利用して、鎌倉から室町時代の古刀を含む会員持参の名刀を鑑賞させて頂きました。 せっかく温泉に来たにもかかわらず、入浴も忘れて熱心に鑑賞する会員もいて、最初から盛り上がっていました。


旅のお宿「南條」(懇親会)
 鑑賞会の余韻覚めやらぬ状況で懇親会が始まり、会員間の親睦を深めました。懇親会終了後は鑑賞会第二部ということで、会員持参の名刀を再び鑑賞させていただき、入札鑑定も行いました。 鑑定結果に皆さん夫々一喜一憂しながら、また持参刀剣の入手エピソード披露等で夜更けまで刀剣談議に花を咲かせておられました。
 2日目の朝は有志による朝の散歩を行い、近くの北向観音を参拝して安楽寺の八角三重塔を見学しました。北向観音は御本堂が北に向いている全国でも珍しい霊場で「厄除観音」として南向の長野の善光寺と対になっているそうです。また、安楽寺八角三重の塔は国宝に指定された塔で、建立年代は鎌倉末期と言われています。


安楽寺 八角三重塔
 この塔は屋根が四段あるので四重塔と思いきや、窓のない所にある屋根の様なものは屋根ではなく裳階(もこし、ひさしまたは霜よけの類)と言うものであるため、これは三重塔と呼ばれているそうです。このように裳階がある塔は全国でも珍しいそうです。
 有志の散歩が終わって宿に帰ってきたところで、全員で宿を出発しました。


清麿のお墓参拝
 この出発前には、我々の突然の申し出でにもかかわらず、東御(とおみ)市在住の刀匠宮入法廣師がわざわざ宿までお越しいただき、師のご先導で、信州が生んだ名匠清麿のお墓参りと顕彰碑、山浦真雄居宅跡、そして師の鍛刀場を見学させて頂きました。 
 清麿のお墓にお参りする際には師ご自身で我々の分のお線香を用意していただき、一同感激致しました。



真雄・清麿・兼虎の顕彰碑
(雷電くるみの里にて)
 真雄・清麿・兼虎の顕彰碑は、山浦真雄居宅近くの国道沿いから「雷電くるみの里」という道の駅に移転され、5月3日に移転除幕式が行われたばかりのものでした。これについては、刀剣美術7月号の「支部だより」に宮入法廣師が寄稿されておりますので、そちらも参考にして下さい。


山浦真雄居宅跡
 山浦真雄居宅跡は千曲川の断崖に臨んだ景勝の地にあり、長野県の文化財に指定されています。
 敷地内には、真雄・清麿兄弟を偲ぶ山浦兄弟生誕碑があり、兄真雄が「老の寝ざめ」を著わした旧居宅跡と鍛冶場及び石造の水瓶2基が残っていました。鍛冶場の土塀は当時のままを残しているそうです。
 山浦家を後に我々は師のご自宅までご案内いただき、近代的な鍛刀場(アート工房)を見学させていただきました。突然のご訪問でしたが奥様の厚くおもてなしいただき、全員感激しておりました。師の鍛刀場は火に非常に気を付けておられ、耐火性のあるブロックや防火壁で作られた鍛刀場は近代的なアトリエ風のイメージがありました。そう言えば、宮入法廣師は「刀匠」でありながら「芸術家」と言う雰囲気も兼ね備えられたイメージを持たれていると感じたのは、私だけでしょうか。


「かどや」別邸での鑑賞会
 師の御宅を後にした我々は、これも師のご紹介で「かどや自然園」で昼食をとりました。岩魚料理を堪能し、特に岩魚のお刺身は絶品でした。また湧き水の冷たく美味しかったことも忘れられません。
 昼食後は師のご友人、実業家の大輪安實氏とお仲間の方々のご好意により、自然園に併設された離れ「かどや別邸」で古刀・新刀、そして信州ゆかりの新々刀や宮入法廣師の最新作を鑑賞させていただきました。


別れを惜しんで記念撮影
 宮入法廣師の作品もすばらしいもので、特に映りの出ている短刀については本当にすばらしいものでした。大輪安實氏には各お刀の解説までしていただき、興味深く拝聴させていただきました。
 皆さん時間も忘れて名刀を鑑賞していましたが、出発の時間が来ました。
 東御市からは一般道を通って岡谷インターを目指し、途中名古屋にはほぼ予定通りの19時半頃に到着し、無事研修旅行を終了しました。
 これで研修旅行記は終わりですが、最後に、お忙しい中を普段では行けないような所へ我々をご案内頂きました、刀匠の宮入法廣師、大勢で押し掛けたにもかかわらず珍しいお菓子や、とても美味しい自家製のお漬物をご馳走して頂きました、山浦氏と奥様、宮入法廣師のご自宅、鍛刀場見学では冷たいお茶をご馳走して頂きました奥様、そしてご所有のお刀で鑑賞会を開いていただきました宮入法廣師のご友人、大輪安實氏とお仲間の方々、皆さん本当にお世話になりました。そして本当にありがとうございました。普段では得られない沢山の感動と感激をお土産に、今までにも増して素晴らしい研修旅行になりました。
この場をお借りしてお礼申し上げます。  以上
  
名古屋支部 野村 泰久
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